ピッツバーグ渡航記【病院編】

はじめに

2024年4月の1ヶ月間、アメリカのピッツバーグにて病院実習を行いました。

今回は、アメリカの医療現場での経験と、日本の医療現場との間に見られた相違点について書きたいと思います。単施設での経験なので一般化できない部分もあるかもしれませんが、参考になりましたら嬉しいです。

ピッツバーグアメリカの東側にあるペンシルベニア州の都市です。

https://www.whereig.com/usa/states/pennsylvania/where-is-pittsburgh.html

医療の最適配置を実現したUPMC

かつてピッツバーグは世界有数の鉄鋼の街として栄えていましたが、鉄鋼業の衰退に伴い街の主要産業を医療に転じ、成功を収めたという歴史があります。

その中心となったのがUPMC(University of Pittsburgh Medical Center)です。UPMCは、合計約4,500床を有する20の病院を含む、400以上の医療施設を運営しています。

UPMC Presbyterian(総合病院),  UPMC Magee-Womens Hospital(産婦人科),  UPMC Mercy(リハビリ科)など診療科ごとに大きな病院があり、UPMCは東西約200km、南北約260kmの広範囲にわたって医療施設を最適に配置し、機能が重複しないように運営しています。

私はUPMCの中心地にて実習を行いましたが、街と大学と病院が一体化していると感じました。街で石を投げれば、ピッツバーグ大学のキャンパスかUPMCの病院のいずれかに当たるな…という印象です。

特に移植外科や集中治療が有名で、肝臓移植が世界で初めて行われたのもUPMCです。

https://www.altoonafp.org/residency-program/salary-and-benefits/strength-upmc

Magee-Womens Hospitalでの病院実習

今回、私は大学のプログラムの一環で、UPMC Magee-Womens Hospitalの婦人科と救急科にて実習を行いました。

婦人科系の腫瘍を専門とするメンターにつき、患者に対して侵襲的な手技はしないobserverとして実習を行いました。

4月中旬のMagee病院ではチューリップが綺麗に咲いていました!

米国外科医の働き方

今回の実習で一番衝撃だったのがメンターの働き方です。あくまで私のメンターの働き方であり、勤務形態は医師によって異なります。

スケジュール

以下はメンターの週のスケジュールです。

平日:6:30~20:30ごろまで勤務(オペ日は週3日)
土日:病棟の緊急対応当番でない限り、完全にオフ

まずは超長時間労働であることに衝撃を受けました。そしてアメリカの病院は朝が早いです。フェローの先生に至っては、朝6時に出勤されているとのことでした。

また、日本と比較してオンとオフの区別がかなりはっきりしていると感じました。

例えば、渡航前にメールでやり取りしていた際にも、メンターの休日にメールを送信した場合には "I am currently away on vacation. Please note that I may not have access to email messages."というメールが自動で返ってきていました。

以下はメンターのオペ日のスケジュールです。

6:30~7:15:朝回診
7:30~18:30:オペ(3件~4件ほど)
18:30~20:30:夕回診、リサーチMTGなど

昼休憩の時間がありませんが、メンターは一日一食、夜ご飯しか食べないそうです。オペは一件あたり2時間~5時間程度で、患者交代や麻酔の準備に充てられる40分ほどの休憩を手術の合間に取っていました。

移動中もコンサル

外勤病院への運転中にも、メンターは働き続けます。病院にいるレジデントやフェローの先生から、電話でのコンサルタントが2時間弱の間に10件ほど来ていました。

また、電話だけでなくメールも大量に来るそうで、“Hey, Saki! I've received 100 emails within just these 2 hours!”と笑っていました。

私には、メンターが外科医としての仕事を心から楽しんでいるように見えました。

メンターがコンサルし続けている隣で撮影した写真。アメリカのHigh wayの脇は見渡す限り緑です。

家では踊れ?

実習期間中、メンターのお宅にお邪魔させていただく機会がありました。

メンターはナイジェリア出身で、家ではナイジェリアで流行りの音楽(ほぼダンス)を見てずっとノリノリでした。奥様曰く、毎日だそうです。メンターの非常に陽気な性格は、ナイジェリア出身であることに由来しているのかもしれません。

メンターのおすすめ動画を貼っておきます。疲れている方は再生してください笑

www.youtube.com

高度の肥満患者にも手術を行う衝撃

メンターは1日3件ほどの手術を行なっていました。オペ日が週3日なので週に9件ほど手術を行い、その内訳としてはロボット5件、腹腔鏡下2件、開腹2件でした。

オペ室の基本的な構成は日本と変わりません。実習3日目に初めてオペ室に入り、見覚えのある清潔野のブルーに謎に安心感を覚えました。笑

肥満の患者が日本よりはるかに多く、私が実習期間中に診た患者の最高のBMIは60でした(体重ではありません)。日本ではあり得ないBMIだと思いますが、適切に麻酔もかかり、手術は無事に施行されていました。

今後、このBMIを超える方に出会うことはあるのでしょうか…?

https://twitter.com/punipico/status/1218838641079803910

日本とは異なる外来診察のフロー

週に一回、外来診察の日がありました。この日は、一日に約20人の患者を診察します。一人あたりの診察時間は約20分です。

初診の場合、婦人科診察は以下の手順で行われます。

  1. レジデントや医学生が患者の初診を行い、上級医(メンター)に報告する。
  2. チームで診察室に戻り、上級医が患者の診察と内診を行う。
  3. 診察室の隣のオフィスルームに移動し、カルテを記入する。
  4. 治療方針について5分程度でディスカッションを行う。必要に応じて、医療情報をUpToDateなどで確認する。
  5. 診察室に戻り、患者が着替え終わったことを確認した後、患者とその家族に対して疾患や今後の検査、手術などについての詳細を説明する。

日本での診察と異なる点として、以下の3点が挙げられます。

1. 患者の前でカルテを記入しない。
2. 患者が待機する診察室に医師が入室する。
3. 次回の診察予約は医師ではなく受付スタッフが調整する。

基本的に、医師は診察室の隣にあるオフィスでカルテを記入します。医師が患者の前でカルテを記入しないことで、診察中には患者に向き合うことが可能になっており、これは信頼関係を構築する一助となると感じました。

また、初診の患者以外には、手術後のフォローアップの患者や化学療法にて治療中の患者を診察していました。私は内診のフォローや身体診察などをさせていただきました。

院内の至る所に、患者のステータスがわかるモニターが配置されています。医療従事者のみ立ち入ることができるエリアでは、個人情報を含むデータも表示されています。

電子カルテは音声入力で迅速に

アメリカの臨床現場では、概してペーパーレス化やカルテ連携などのDXが進んでいると感じました。そのうち、日本での診療との特に大きな違いとして、医師が音声入力で電子カルテを記入することが挙げられます。この音声入力システムはほぼ100%の精度を実現しており、業務効率化に大きく寄与していました。

日本語には同音異義語が存在するため、音声入力の精度を高めるのは課題が多いかもしれません。しかし、カルテは一定の文章構造が定まっているため実現不可能ではないと思います。このシステムが日本に導入されれば、医師がカルテ記入に費やす時間は大幅に削減されると予想されます。

また、UPMCでは個人の端末からも電子カルテにアクセスすることが可能でした。現地の医学生は自分のMacBookを使用して電子カルテを閲覧していました。(とても羨ましい…!)

この小型のリモコンがカルテのPCに繋がれており、医師はマイクの部分に向かって患者情報を話します。

救急を通してアメリカの社会背景を知る

First touchのフロー

1ヶ月の実習のうち2日間は産婦人科を離れて、Magee病院の救急部にて実習をさせていただきました。以下がアメリカの救急外来での基本的な診療フローです。

  1. 看護師が患者に1~5段階でトリアージをつける。
  2. 医師が患者情報を確認したのちに診察を行う。
  3. Techが心電図や採血、AVラインの確保を行う。

日本では「Tech」という職種は一般的ではありませんが、この職種は主に採血などの診療補助を行います。一方、看護師は薬の投与や患者のケアなどを担当します。

人数としては、救急医が1名、レジデントが2名、看護師が6名、Techが3名で救急部が稼働していました。それぞれの役割が明確に分けられており、業務の分担が徹底されていました。

患者はやはり女性が多い

Womens-Hospitalということもあり、やはり女性の腹痛、妊婦の救急患者が多いです。日勤帯8時間の患者数は35人ほどで、患者の男女比は1:9でした。

患者の主訴の内訳は以下の通りです。

腹痛:10件(そのうち周産期関連5件)
妊娠悪阻:3件
不正性器出血:2件
胸痛:1件
腰背部痛:1件
呼吸困難:1件
小児の感染症:1件
その他:15件

特に印象に残ったのは、破水した妊婦の患者の症例でした。この患者が救急外来で出産するか病棟に移動するかは救急医の判断に委ねられており、救急医が即座に内診を行い、時間的猶予があることを確認したのちに患者を病棟に移送しました。その後、「さっきの赤ちゃん、無事に生まれたよ!」という報告が伝わり、救急部が祝福ムードに包まれたのは心温まる光景でした。

救急医が作成する文書

救急医が作成する文書は、主に2つあります。

  1. ED evaluation note
  2. Patient education

ED evaluation noteは、日本の救急外来でも作成されるような初診のカルテです。診察の内容をもとに、現病歴や既往歴、ROSなどを記入していきます。

Patient educationは、今後の過ごし方や病気の管理方法を患者に伝えるための文書です。各疾患や主訴ごとにテンプレートが用意されており、この文書を患者に提供することが規則として定められています。

カルテの音声入力機能により、スムーズにこれらの文書作成を行うことができます。特に、救急のような一刻が争われる現場では、このシステムが非常に役に立っていると感じました。

大切なこと

今回の病院実習でメンターに従く中で、以下の点が重要であると改めて認識しました。

  • goodなのかbadなのかを(可能な範囲で)正確に患者に伝えること。
  • 大切なことはゆっくり、明快に話すこと。
  • 「何が患者の不安なのか」を明確にして対処すること。
  • どんな診察も、Any questions?で締めること。
  • 患者を前向きにさせる医師であること。

これらの点が大切であることは、どの国で診療をするにしても変わらないと感じました。

また、メンターは信じられないほど働いているはずなのに、それを苦痛に感じている様子は全く見受けられず、むしろとても楽しそうに仕事をしていました。その明朗快活さが患者に伝わり、各患者との良好な関係を築いていました。

今回のアメリカでの実習を通して、目の前のことをとにかく楽しむという姿勢が大切であると教えていただきました。